【ヤマモトが行く】第7回:山口真悟さん&松川えりさん(尾道哲学カフェ)
各地で哲学カフェを実践するカフェフィロメンバーを訪ね、インタビューする「ヤマモトが行く」。今回は広島・尾道で哲学カフェを開催するantenna Coffee Houseさんへお邪魔しました。
アンテナコーヒーハウスはカフェフィロのパートナー会員でもあり、「尾道哲学カフェ」という名前で30回以上哲学カフェを開催されています。
私が伺った際には【なぜ「隣の芝は青く見える」のか?】という、ことわざを題材にした哲学カフェが行われていました。聞き慣れたことわざでも参加者同士で解釈や思い浮かべる風景が異なっており、その違いが非常に興味深い時間となりました。
終了後に進行役の松川えりさんと、カフェのマスターである山口真悟さんにお話を伺いました。
コーヒーハウス、哲学カフェ、読書会
山本:本日はありがとうございました。
喫茶店やカフェのオーナーが主催されている哲学カフェというのは結構珍しいため、以前から哲学カフェ尾道にはずっとお伺いしたいと思っていました。今回ようやく願いが叶ってよかったです。
色々とお聞きしたいのですが、まずはこのお店で哲学カフェを開催するようになったきっかけを教えていただけないでしょうか?
マスター:このお店の屋号は「アンテナコーヒーハウス」というんですが、コーヒーハウスという名前は一般名詞ではなくて、17世紀以降にロンドンで流行した「コーヒーハウス」を念頭に置いています。
イギリスのコーヒーハウスはかつて政治や文学についての議論や情報交換が活発に行われていた場所でした。当時の新聞は各地域のコーヒーハウスに配達されて、そこでみんなが読んでいたそうです。昔は入場料として1ペニーがかかったらしいんですが、色んなことが議論できたり学べたりしたので「ペニー大学」という別名が付くぐらい、まさに文化の中心となっていたようです。お店を開く時に、自分の中ではカフェというよりもこのコーヒーハウスのイメージにこだわっていました。
その時には哲学カフェのことはあまり知らなくて、たまたま当時『ソクラテスのカフェ』を手に取ったりもしていたんですが、その内容と自分の店はあまりリンクしてなかったんです。言われてみれば…ぐらいの感じでしたね。
尾道って、色んなお店が小さなイベントを店ごとにやっていて、そういう意味では文化的にも結構活発なところなんです。ただ、ディスカッションをするようなイベントは、トピックや議論の前提があらかじめ定まっていて知識を得るためのセミナーのようなイベントが多いような印象がありました。これは尾道に限らないんですが。
同じディスカッションでも、もっと参加型で、自分も楽しめるようなイベントをするにはどうやったらいいかなというので、色々調べてたどり着いたのが哲学カフェでした。
山本:なるほど、そういう経緯があったんですね。
お話を伺って、自分とは逆の順番をたどられているような感じがして、とても面白いと思いました。
僕自身は哲学カフェをやり始めて「カフェ」という場所が面白いなと思ったんですね。そこからカフェや喫茶店の歴史に興味を持って色々調べはじめ、コーヒーハウスの存在を知ったという感じでした。哲学カフェというイベントの形を取らなくても、普段から議論ができるような空間がかつてのヨーロッパにあったのかなっていうような、何か変な憧れみたいなものがあります。
アンテナコーヒーハウスでは、哲学カフェ以外のイベントも色々とされていますよね?
マスター:そうですね、読書会などもやっています。それもわりとハードなというか(笑)、参加者にレジュメを用意してもらったりするような、結構負荷のある形式のものをやっています。
普通のイベントだったら感想を共有するだけとか、むしろ「お金払うんだから教えてよ」っていう感じだと思うんですけど、自分の中では逆に負荷をかけたほうが面白いよねっていう発想があります。お金を払う側が自分で色々と用意していないといけないけど、それを飛び越えると面白くなっていくようなイメージがあります。
山本:「負荷をかける」という考えは、何かマスターの過去の経験があってのことなんでしょうか?
マスター:僕は元々文学部だったので、当時は仲間内で読書会をやったり、同人誌をつくったりして、そのなかで喧々諤々の議論をしていたことがありました。その経験から「面倒くさい方が面白い」と考えているのだと思います。
何か面倒くさい文学青年の議論って、哲学カフェと同じではないんですけど、どこか似ている部分があるという感じがしています。文学の議論だったら仲間内でコンテクストを共有することも必要なんですが、哲学カフェだったら初めて会った人とでも、自己紹介をしないとか、そういう縛りの中で普通はできないような話ができる、ということがありますよね。名前も知らないのに深い話ができるというのはやはり面白いし、実際開催していて参加者の方からそういう形の言葉を聞くこともあります。
中には「別に哲学カフェなんかやらなくても、自分が言っている飲み屋とかでは結構深い話をしているよ」と言ってくる方もおられます。実際、喫茶店とかバーとかでも、意図しないのに隣り合わせた人と面白い話ができることはあるんですよね。でもそれは結構ラッキーだったり、常連になることが必要だったりする。
哲学カフェは申し込むだけで、常連になるとか、色々な手続きを踏まなくても面白い話ができるというのが、エンターテインメントとして魅力を感じているところです。
といっても、哲学カフェをエンターテインメントとして、ビジネスの一部としてやっているお店はレアケースではあると思います。特に尾道は観光地なんで、経営者としては売上を考えると土日に貸切でイベントはやりづらいというのが普通の考えなんですが…元々「コーヒーハウス」が出発点である現場だからできるところはあると思いますね。
山本:なるほど、マスターの背景がよりよくわかったような気がします。
ある種のコンテクストを共有してないとできないような話が、哲学カフェという場だったらできる、というのは確かにあるなと思いますね。
「尾道率」って?
山本:尾道の哲学カフェは7年ほど開催されていると伺いましたが、常連の方も多いのでしょうか?
マスター:常連客も多いですが、必ず初めての方も参加されて、これまで全く同じメンバーだったことは一回もないですね。
山本:尾道は観光地でもあると思いますが、地元以外の方も結構多いんですか?
マスター:地元の方の参加比率は松川さんとの間では「尾道率」って言っていたりするんですけど、高くても低くても面白くない感じがして、終了後のアンケートでも意識して聞いているところです。
山本:「尾道率」!
面白いですね。どれぐらいが適切なイメージなんでしょうか?
マスター:大体50%ぐらいでイメージしています。
この発想はお店の経営をヒントにしていて、お店の場合は注文の構成比を指標にしているんですよね。コーヒー類、ケーキ類とか、カテゴリーごとの売り上げを見て、どういう構成比なのかをチェックする感じです。売上だけを考えると、単純に単価が高い物が出る方がいいんですが、自分はコーヒーの注文比率を結構大事にしていて、比率が50%よりも下がらないように意識しています。
山本:そうなんですか。とても興味深いです。
マスター:これは外からみて自分のお店がどう映っているか、自分のやりたいイメージと一致するのか、というのをチェックすることだと思うんですが、哲学カフェを運営するにあたっても同じような感覚があったりするんです。
どんな人が来るのかはもちろんコントロールできないんですけど、告知をどの媒体に掲載するのかとかも結構気を遣っています。この辺りは他の哲学カフェの開催者がどう考えているのかも聞いてみたいですね。
山本:哲学カフェを開く場所や目的によってもかなり変わりそうですよね。
場所という意味では何か意識されていることはありますか?
マスター:観光地という面では、ちょっと尾道に遊びに行くついでに哲学カフェにも一回行ってみようという方もおられると思います。そうした人にとっては朝10時スタートとかはちょっと早すぎるでしょうし、尾道に到着してご飯を食べてちょっと坂も歩いて、その後に哲学カフェに参加する…という流れを意識して時間を設定したりしています。
山本:今日の僕が、完全にそうでした(笑)
マスター:その辺は東京とか大阪とか、大都市のどこかで開催するのとはまた違う考えだと思います。
他にも例えば、4月だと桜が咲いてたりとか、そういう尾道の風景も楽しんでもらえると、この場としての面白さが出るのかなと思います。
「マスター」のいる哲学カフェ
山本:マスターは毎回哲学カフェに参加していると思いますが、その際に意識していることとかはありますか?
マスター:事前に予想したような話題が多かった時に、わざと違う意見を言ってみたり、ということはあります。ちょっと爆弾を落としてみるというか(笑)
ただ特別意識していることはあまりなくて、基本的には流れに任せる感じですね。
山本:ここからは進行役の松川さんも交えてお話しを伺えればと思います。
松川さんはマスターがいる哲学カフェというので、何か違いを感じたりしますか?
松川:確かに 同じ喫茶店でやるにしても場所を借りてやるのとはまた違うなと思いますよね。
特色が一番よく出るのがテーマだと思うんですが テーマは毎回マスターが提案して、それに対して「もうちょっとこうしたほうがマスターの意図に合うんじゃないか」とか、結構何度もメールでやりとりしながら決めてます。
ここでの哲学カフェのテーマは、よそでやっているよりもいわゆる「哲学」っぽいものが多いんですが、それはマスター発のテーマだからということがあります。
山本:毎回のテーマについて、かなり色々とやりとりされているとお伺いしました。
僕もお店のマスターと一緒にやっているような場はあるんですけど、テーマは私が決めていて、やりとりするにしてもそこまで多くはないんです。なのでどんな感じでやられているのか気になっていました。
松川:マスターは毎回3つとか5つとかテーマを提案されるのですが、そのテーマを取り上げたい理由についてもコメントが毎回書かれているんですよね。これは他のケースではなかなかないことです。それに対して私も1つ1つ質問や意見、提案を毎回返しているので、そのすり合わせだけでもかなりの時間をかけています。
マスター:例えば次回にやるテーマははじめ「マイノリティ」に関するテーマを提案していたのですが、やりとりした結果、その逆の「マジョリティ」を考えるということになりました。
面白いのは、「マイノリティ」というのは以前から何度も松川さんに提案してきたテーマでもあるんですよね。センシティブな内容が含まれるし、他にも色々な理由でなかなかとりあげられなかった経緯があるんですけれども、そこで自分が空気を読んでしまって提案することをやめてしまっていたら、今回みたいな場も開かれなかったと思うんですよね。
だから何か自分としてはあくまで1回2回断られたくらいでは諦めずに、空気を読まずに提案し続けるのが大事なのかと思っています(笑)
松川:「空気を読まない」というのはお互いに言えて、私としてはマスターは依頼者ですし、要望通りやればいいのかもしれないですけど、そこには汲むポイントと汲まないポイントがあるんですよね。
なんというか「この場所のこの雰囲気にふさわしいテーマか」という視点はあって、それは他の場所でも言えることなんですけど、このお店だと特にマスターの色とかこだわりがあるので、その感性みたいなものが生かされていないといけない。
山本:なんというか、この哲学カフェはとても硬派なスタイルですよね。
思考実験もよく題材にされているような印象です。
この間開催されていた「ペットの肉を食べるのは悪か?」というテーマも、かなり攻めてるなと思いました。
松川:めちゃめちゃ攻めました(笑)
こんなに猫の多い町で、飼い猫を食べる話を読まされるんですから。
攻めてるという意識を持っておくことは大事ですよね。
山本:哲学カフェ尾道らしい、ここでしかできないようなテーマだなと思いました。
単に猫がいる町で実施しているからというよりは、この思考実験をこういう形で取り扱える、という意味で。そういう哲学カフェっていうのはなかなかないと思いますし、独自のカラーとして本当に確立しているように思います。
マスター:今日開催した「隣の芝生はなぜ青いのか?」もそうなんですけど、物事を白黒つけないまま話ができる人たちが集まってきてくれていて、場が熟成されてる感じはします。
思考実験に関しても「これはただの頭の中の実験だから」って割り切りすぎても哲学カフェとしては面白くないように思いますし、そこからいろんな角度で考えてみようとする方にお越しいただけるようになったのかなと思います。
松川:いま、哲学カフェ尾道の30回記念の雑誌を編集中なんですけど、テーマを見返すと初めの方は結構無難なテーマを選んでいるんですよね。ペットの思考実験は初めの方では絶対扱わなかっただろうと思います。
「このタイミングでこのテーマが扱えるようになったんだな」と振り返ると結構面白いですね。
山本:マスターとのせめぎ合いの結果でもありますね(笑)
マスター:毎回テーマについて長い時間やりとりをしているので、正直「模範解答」みたいなテーマや文章を作ることもできるようになってくるんですけど、それをやってしまうとこの場所がつまらないものになってしまう気がするんですよね。
だからこっちは前に却下されてようが「これをやりたいんですけど」というのを提案し続けて、「それが聞きたいんだったらこういう形ならできるかも」「だったらこっちの問いの方がいいんじゃない」というようなやり取りの中で次第に面白い物が生まれてくるんじゃないかなと思っています。
松川:私としても中途半端な形で扱いたくないテーマもあったりするので、毎回テーマは吟味しています。
アンテナコーヒーは飲み物や食べ物にもすごくこだわってるんですよね。私は初めてサンドイッチを食べた時に感動しました。哲学カフェの質も、このお店のコーヒーやサンドイッチに見合うようなものにしたいなと思っています。
山本:サンドイッチ、あとで食べます(笑)
本日はお二人ともありがとうございました!
おわりに
いかがでしたか?
哲学カフェ尾道はオンライン参加も可能となっていますので、是非チェックしてみてください。