特別企画「手紙で考える」 vol.2(Hさん&松川) | Cafe Philo カフェフィロ

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特別企画「手紙で考える」 vol.2(Hさん&松川)

その他

特別企画「手紙で考える」、第2回で取り上げるのはHさんからのお便りです。
自粛と義務の関係について意見を交わすやりとりとなりました。

本企画の趣旨と第1回の様子はこちらから。
http://cafephilo.jp/topic/topicpost-1823/


①Hさん→カフェフィロ(2020年6月XX日)

自粛について 続けるべきこと、やめるべきこと

これは、自分にとって非常にむずかしいテーマでした。うちの家族にとっては、もうずい分以前から不要不急の外出も、遠くへのお出かけも、映画などを観に行くことも、ほとんどできない状況だったからです。

生協の物資供給がマヒ状態になって、買い出しのための外出はコロナウィルス流行以前よりふえてしまいました。医療も介護も利用をこちらから自粛するということはなく、病気の伝染を防止するために、いろんな制限をかけられたのは大変困りましたが、自ら自粛をして大変だったということは、経験としてはあまりなかったのです。このような制限は、感染防止のためであれば、今後も変わらず続いていくでしょう。新しい常識となっていくものなのかもしれません。科学的に間違っていたと明らかにされるとか、もっとよい方法が考え出されなければ、薬やワクチンが発明されても、ある程度の強制力をもって残っていく気がします。でもこれを自粛とよぶには、少しちがうような、むしろ義務とよぶ方がしっくりきそうです。

しかし、少し広い視野で考えてみると、自分の身のまわりでおこっていたことからもう少し広い世界のほうに目をむけるならば、世間では経済が大変なことになり、みんながコロナ以前の世界にもどってほしいと願っていることでしょう。自粛によってもたらされたかどうかに関係なく、私もやはり元の世界にもどってほしいと思ってしまいますが、はたして本当に、ただもとにもどることが世界の人類や地球にとってよいことなのか、と考えると、少し疑問もあります。

経済活動がもたらした環境への悪影響、地球温暖化はもうがけっぷちの状況でした。今回のコロナウィルスの流行にしても、環境破壊による生物の分布の変化が影響しているとの説もあります。環境を守りながら経済活動できる技術の開発が必要なだけでなく、世界がなんとか協力して、まわりみちでも今回のような経済活動の一定の自粛が、人類が地球で生きていくためには必要になってきているのではないかと思えてなりません。
きのうから今日にかけての雨も恐怖を感じるほどでした。続けるべき自粛があるとすれば、こういうことではないかと思います。

H


松川→Hさん(7月14日)

H様
こんにちは。カフェフィロの松川と申します。
自粛に関するお手紙ありがとうございました。

本当にしたい外出はできないのに、したくない外出は増えてしまうなんて‥‥そういえば、うちの近所のスーパーも、普段はすいている平日昼間に混んでいて、驚きました。テレワークになってみなさん時間の融通がきくようになったのかな、なんてのんびり眺めていましたが、Hさんのように仕方なく来ている方もいたのでしょうね。

7月に入って、私が住む岡山では、映画館も営業を再開し始めたようです。しかし、まだまだ入場制限つき。経営的には映画館そのものの存続が危ぶまれるほど厳しそうです。こうした制限も自粛と呼べるのか、それとも義務感に駆られてのものなのか、Hさんはどう思われますか?

自粛と義務の境界線、それは第3者が見てわかるものなのか、人類や地球を守るために必要なのは果たしてどちらなのか、ぜひ考えをお聞かせください。

カフェフィロ 松川えり


③Hさん→松川(8月XX日)

松川えり様

梅雨もようやく明け、暑い日が続いております。岡山のほうでは7月の大雨の被害はありませんでしたか。大津でも警報が何度も出ましたが、今回はなんとかやりすごすことができ、ほっとしております。

せっかくお便りをいただいていたのに、お返事がおそくなり、誠に申し訳ございませんでした。その間にも日々状況は変化し、今や感染が再び拡大してきています。いったいどうなっていくのか、世界中がどうしたらいいのかわからないで右往左往しているように思われます。私としても、もちろん、どうしたらいいのか分かるわけもなく、不安のなかですごしています。専門家といわれる人たちの言うことにしても、だれの意見が正解だったのかは、何年もたってから後でわかるものなのかもしれません。

お便りに書いてくださっている、自粛と義務のどちらが問題の解決にはよい方法なのかについてですが、日本の場合は、国民がやらねばならないこととしては、どちらであれやらないといけないものとして、みんなに共有されているように感じました。ただ自粛という形であれば、何をどのように、またはどのくらい協力するのかについて、個人なり個々の会社や自治体等の事情で判断できる余地が少しはあるように思います。うちの場合も、不要不急の外出自体、もともとしにくい生活ではありましたが、生協が機能不全になって買い物の外出は増えてしまっていました。義務として外出してはいけないとか、お店はすべて休業などということになったら生活できないですし、外出を警察がとりしまるようになって、私もつかまっていたかもしれません。うちには車がなく、ネットも使えないというような事情は考慮されないのではないかと思います。義務となると、例外は法律等で決められたよっぽどのもの以外、認められないもの、というイメージがあります。

問題は、各自の判断の余地を残した自粛という形で、どれほどの効果を出せるのか、というところではないでしょうか。各自で判断しろといわれても困るという人もいるでしょう。人はどうしても楽な方、自分の勝手でやりたい方へ流れていくものだから、強制しないと現実は変わらない、という意見はよく耳にします。まじめにやっている人が損をするのはおかしい、という声もでてくるでしょう。

私としては、義務や「私権の制限」をしないといけないようなやり方は最小限にしてほしいと思っています。弱い人たちを犠牲にしてもいいとか、悪い例を後の世の中に残さないようにする必要があると思うからです。全体のためなら個人は(この人たちは)ゆずってもらわないとしかたないという時には、必ず補償がないといけない、とも思います。何より、やり方を個人で判断して、工夫してゆくことによって、新しい発明等、未来につながるものも出てくるはずです。個人が自由に考えられないで、決まった形をおしつけられて、「○○はぜったいだめ」ということになってしまうと、新しい物も出てこれなくなって、ただただつらくてしんどいだけになってしまわないでしょうか。

長くなってしまい、申しわけございませんでした。うまくまとまっていませんが、なんとか書いてみました。私としては、映画館の話も気になりました。もう何年も映画館には行っていないので、最近の映画館がどんなにすごいことになっているのか分からないのですが、これだけネットや家電が発達している時代に、映画館の存在意義って何だろう、というのが気になりました。映画館がもし、このコロナの状況下で全世界的になくなっていったとしても、ネットや新しい技術のもとで映画自体はなくならないのでは?という気もします。もし機会があれば、ぜひお考えをきかせて頂きたい、と思っております。宜しくお願い申し上げます。

H


④松川→Hさん(8月13日)

H様

今年の梅雨は長かったですね。岡山も今回は大雨の被害はなくてすみました。
その一方で新型コロナウィルスの感染者は右肩上がり‥‥‥。ウィルス弱体化説や検査数が増えてるだけ説もありますが、本当に正解はまだまだわかりませんね。後出しじゃんけんのように後から「ああすべきだった」と言うのは簡単かもしれませんが、だからといって、今(正解がわかるまで)何もしなくてもよいかというと、それはリスクが高い可能性もある。その意味でも、自粛と義務について整理しながら述べてくださった、個々人の判断の余地を残しておくことは重要だと思いました。

さらに、Hさんのご意見を別の角度から補強するような出来事が、最近ありました。7月中旬ごろから学校の授業などで県外に出る機会があり、新幹線や有料特急の電車に乗ったところ、ガラガラ。県外に出ることがどれぐらい許容されることかわからずドキドキしていたのですが、岡山県内をバスや在来線でウロウロするより移動時の感染リスクは少なそうと感じてしまいました。もちろん、行き先で感染してしまうリスクもあるので油断は禁物ですが、「これはダメ」と一律で決めつけ押しつけるより、ケースバイケースで個々人が他の人と同じ行動を避ける方が、密を避けるには有効な場合もありそうです。
在来線やバスは混んでる時間を避ける、人に会う用事は日程の間隔をあけ連続はしないなど、自分なりに工夫しつつ臨機応変に暮らそうと思います。

映画館についてもコメントありがとうございました。たしかに、今の時代における映画館の存在意義は過去とはちがうかも‥‥‥考えてみます。哲学カフェもオンラインで可能になり、同じ問いが投げかけられそうです。

2020.8.13 カフェフィロ 松川えり


手紙のやり取りを終えての感想(松川)

もともと手紙を書くのが好きなのと、めまぐるしく変化する状況で何を感じ考えていたのか残るといいなと思って、この企画に参加しました。
哲学カフェとちがって、やりとりにタイムラグが生じるのが新鮮で楽しかったです。
Hさんとのやりとりでは自粛とは何か、なぜ自粛なのか考えられました。
ネット社会における映画館や哲学カフェ存在意義についても、また考えていきたいです。

(おわり)

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