【ヤマモトが行く】第6回:三浦隆宏さん | Cafe Philo カフェフィロ

【ヤマモトが行く】第6回:三浦隆宏さん | Cafe Philo カフェフィロ

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【ヤマモトが行く】第6回:三浦隆宏さん

ヤマモトが行く

【お知らせ】
三浦さんの著書『活動の奇跡:アーレント政治理論と哲学カフェ』が6月に刊行されています。哲学カフェにご関心のある方はぜひチェックしてみてください!

各地で哲学カフェを実践するカフェフィロメンバーを訪ね、インタビューする「ヤマモトが行く」。今回は名古屋で哲学カフェを開催する三浦隆宏さんにお話を伺いました。

三浦さんが名古屋で哲学カフェを開催している会場は「カフェ・ティグレ伏見店」。私がお伺いしたのは新型コロナウイルスの影響が出る前の昨年末で、朝10:00から多くの方が参加されていました。

今回は進行役もテーマもその場で決めるという珍しいスタイルで哲学カフェが行われ、決まったテーマは「距離感」。人間関係の距離感について、じっくりと語り合い考える時間でした。哲学カフェ終了後に、三浦さんと参加者の方々にお話を伺いました。

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↑会場のカフェ・ティグレ

哲学カフェと「新鮮味」?

山本:今回の哲学カフェは進行役もテーマもその場で決めるというやり方でした。テーマをその場で決める哲学カフェは他にもありますが、進行役も当日決めるというスタイルは初めて体験しました。なぜこの形式をやってみようと思われたのでしょうか?

三浦:きっかけとは少し違うのですが、私自身が哲学カフェにはあまりもう新鮮味を感じなくなったというところがありますね。

山本:新鮮味を感じない、ですか(笑)たしかに、三浦さんは哲学カフェをかなり長い間続けていますよね。

三浦:振り返ってみたら、2001年の11月に大阪の應典院で「他人の近さと遠さ」というテーマでやったのが最初でした。奇しくも今日決まったテーマと似ていますね。もう18年も前のことです。それからいろんなところで哲学カフェを開催してきましたが、この会場(ティグレ)で始めたのも2013年で、だいたい7年になります。正直これだけ続けるとさすがに飽きてきますね(笑)

それで、テーマも進行役もまっさらな状態から始めるという形式を試してみることにしました。このようなまっさらな状態からでも、人が集まって話し合うことで生まれる何かがあると思いますし、それがどのようなものなのかを見てみたい。そこに今の自分は面白みを感じています。

山本:本日は哲学カフェに参加いただいた方にもお話に加わっていただいています。
皆さんは今回のような形式をどのように感じられましたか?

Aさん:あらかじめテーマが決まっているのと、その場でテーマが決まるのとでは違いを感じます。自分の関心のないテーマが当日選ばれることもあるのですが、そういうテーマは自分が考えたことがない分、こだわりがなく自由に考えられて逆に面白いこともありました。

Bさん:進行役を誰にするか、どのテーマで話そうか、みんなで考えているだけで時間が過ぎていくこともあるんですが、その時間自体も結構面白いと感じます。

Cさん:三浦さんは哲学カフェに飽きたって言いますが、やめずに続けてこられてますよね?

三浦:まぁ確かにそうですね。毎回の対話自体は自分にとっては新鮮です。でも同じところで同じようなメンバーでやっていると、徐々に新鮮味が薄れていくというのはやっぱりありますよね。振り返ると今まで様々な場所で哲学カフェを開催してきて、その都度新鮮さを更新してきたような気がします。大阪のなにわ橋の「アートエリアB1」でやったときも、名古屋に来てこのティグレではじめたときも新鮮でした。そこでも同じようなメンバーが集まるようになったら、次は書店での哲学カフェをやってみたりして。そういうふうに常に新鮮さを求めているんだと思います。

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↑アートエリアB1での哲学カフェ(2010年6月/進行は当時の三浦さん)

これは私が研究しているハンナ・アーレントの「出生」の話とも繋がっていて、アーレントは私たちがこの世に生まれてくるのは新しく何かを始めるためだ、と考えるんですね。私は哲学カフェに「新しさ」や「始まり」といった要素が重要だと考えていますが、これはアーレントの「活動(action)」の枠組みで考えているからです。新鮮味が感じらないまま、例えば月1回義務的にカフェを開催するだけならアーレントのいう「労働(labor)」のようになるし、カフェで話し合われた内容をまとめて、報告を発信するために続けていると「仕事(work)」的になっていく。

山本:三浦さんは哲学カフェで何かが生まれるということを大事にされているのだと思いますが、私のイメージではそれは誰かによって能動的に生み出された結果というより、自然発生的に生まれているという感じがします。

三浦:アーレントの「出生」の概念は自発的なものとして捉えられていますが、出生には一方で日本語の「生まれる」という言葉が表すような受動性もあると思います。「生まれる」に関連して、以前ここの哲学カフェでデイヴィット・ベネターの著作を題材にして「反出生主義」をテーマにしたこともありましたが、この考えの背景には「この世に望んで生まれてきたのでない」という出生が孕む受動性も関係しているのだろうと思います。

何かが新たに生まれるというときには計画や意志には関係がない部分もあって、哲学カフェ自体も元々はマルク・ソーテが計画して始めたものではなく、ラジオのリスナーの勘違いからアクシデント的に、即興的に生まれたものだったはずです。この経緯を自分は大事にしたいと思っていて、進行役もテーマもその場で決めるという今回のような形式をとったのは、そのような自然発生性をこの場に呼び込みたいからでもあります。

山本:なるほど。日本の哲学カフェでは安全に語り合える場をいかにつくるか、という点に意識が向けられることも多いと思いますが、哲学カフェという場自体が自然発生的に始まったものであるという点は確かに忘れてはいけないと思いますね。

サードプレイス、言葉を探す場所としての哲学カフェ

山本:ところで、哲学カフェのなかで何かが自然発生的に「生まれる」というのがこれまでの話だったと思いますが、そこでは何が生まれているのでしょうか?

Cさん:哲学カフェでの会話の流れの中で、その人自身も思いもよらなかったような発言がなされるように見えるときがあって、私はそのようなときに新しいものが生まれているような感じがします。その人自身の人生が透けて見えるような、命のキラメキのある瞬間というか。

三浦:面白いですね。アーレントはまさにそういうことを「現われ」として語っていて、職業や肩書などの属性によってその人が何であるか(what)を示すこととは違って、その人の発言によって自分自身が誰(who)なのかが開示される瞬間が哲学カフェにはあるように思います。

山本:肩書にとらわれず発言できることで、その人自身が立ち現れる瞬間、という感じですかね。

三浦:そうですね。哲学カフェの場は家庭や職場とは違って、普段背負っているいろんな役割から解放される「サードプレイス」としての場所でもあると思いますし、その中で会話を交わす人たちの間に「ウィークタイズ(人間関係の弱いつながり)」が生まれる、ということを一時期意識していたように思います。

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↑カフェ・ティグレのモーニングセット

山本:一時期、というと今はまた違う考えなのでしょうか?

三浦:これは古田徹也さんの『言葉の魂の哲学』に影響を受けていることもあるのですが、哲学カフェには常套句や決まり文句から離れて、自分の実感に沿った言葉を探す場所としての機能があるのかなと最近は考えています。

世の中にはたくさんの決まりきった言葉が溢れていて、例えば時候の挨拶や「おつかれさま」とかもそうですけど、私たちは特定の状況に置かれると、きちんと言葉を探さずに、決まり文句につい飛びついてしまいがちだと思います。エルサレムの裁判の場で「私は歯車で上からの指示に従っただけ」と繰り返したアドルフ・アイヒマンが極端な例ですが、最近の日本でも佐川宣寿元理財局長が国会で「刑事訴追の恐れがあるので答弁を差し控える」という旨の発言を55回も繰り返していて、こういうのは明らかにちゃんとした言葉を探している感じがしないですよね。

一方、哲学カフェでは参加者が言葉に詰まったり「言葉が続かないのでこれ以上はやめておきます」と話を途中で終えたりすることがあって、私はそんな場面が結構好きだったりします。言葉が続かなくても、そこで取ってつけたようなことを言うのではなくて、途中で引っ込めてもいいし、逆に言葉を選んで時間をかけて言えるところまで言ってもいいんですよね。

哲学カフェは私たちが日常生活であまり考えずについつい使ってしまったり、使わざるを得ない言葉について吟味できる場だとも思うので、哲学カフェを経験していく中で自分の使っている言葉にセンシティブになっていく人が増えればいいなと思います。

山本:そういう経験と、先ほど三浦さんが言われたサードプレイスとはつながっているんだろうな、と思いました。初めて会う人や、普段自分が話さないような人たちに向けては、自然と言葉を選ぶ必要が出てきますよね。

三浦:確かに、仲間内で通じていた言葉も改めて説明しないといけないですからね。そういう意味ではつながっているのかもしれませんね。

山本: 結構長いことお話ししてしまいました。最後に、三浦さんが今後やってみたいことをお聞きしてもいいでしょうか。

三浦:特定の哲学者の思想や、歴史上の概念について学ぶ場というのにも関心があるのですが、それらといま世の中で話題になっている問題とをしっかりリンクさせたいと思っています。
私たちの社会ではいまこういうことが問題になっているということをしっかり皆で共有することが大事で、そういう場ができるといいなと思っています。

山本:今日三浦さんがテーマを決める際に、参加者の発言に絡めて政治や時事問題についてかなり多く言及されていたのが印象的でしたが、そのような思いがあってのことなんですね。本日は色々と三浦さんの考えが聞けて興味深かったです。ありがとうございました。

おわりに

いかがでしたでしょうか?
インタビュー中に触れられていたハンナ・アーレントの思想と哲学カフェの関係について詳しく知りたいという方は、三浦さんの著書をぜひ手に取ってみてください。

活動の奇跡:アーレント政治理論と哲学カフェ

(おわり)

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